若き少女たちの情熱と熱気に満ち溢れたP高女子ボクシング部の練習室。その奥でサンドバッグに強烈なパンチを打ち込んでいく部のエース高梨美月に顧問の高梨文月が話しかけた。

 

「美月っあんたに手紙が届いてるぞ」

 

「えっわたしに?」  

 

 サンドバッグを打っていた拳を止めて、ボクシンググローブをはめたままの右手で美月は自分を指した。

 

「ここじゃなくても家に帰ってでもいいと思うんだけどなぁ」  

 

 練習を中断させられて、不満をこぼすように美月は言った。二人は部の顧問と生徒の関係でありながら、同じ家に住む同居人の間柄でもあった。美月の家に従姉妹の文月が居候しているのだ。

 

「宛先がP高女子ボクシング部高梨美月と書かれてたんでね。だから教頭先生から私に渡された。それであんたに渡したわけだ」

 

「何その宛先!?」  

 

 そんな宛先で手紙が送られてきたのは初めてであった。

 

「しかも、美月だけじゃない、リサと千歳の名前も宛先に連なっていた。三人に充てられた手紙だ。誰でも良かったんだけど、一応お前に渡しといたよ。宛先の三人の名前もあんたが真ん中だったしね」  

 

 文月はそう言って手紙を渡すと、興味なしといった風にその場を離れて、他の生徒の指導を始めた。面倒臭そうなことに関わるのはまっぴら御免だとでも言わんばかりに。  

 

 美月は封筒を見渡したものの、送り主の名前も住所も書かれていなかった。正当なボクシング機関からの手紙であるのなら名前が書かれているはずだから、胡散臭いことこの上ない。  

 

 美月は眉を下げてしかめながら、封筒の中を開けると一枚の文書が入っていた。  

 

 この度、プロ女子ボクシング興行であるBlow of Fateで初めての団体戦トーナメント「ドリームトーナメント」を開催することが決定しました。そこで、実績と人気の面において申し分のない高梨美月氏、リサ・ランフォード氏、日比野千歳氏の三名をこの大会に招聘いたします。あなた方が大会への参加の決断をしドリームトーナメントのリングに立つ日が来ることを願います。                                        

R  

 

 文書を読んだ美月は心を弾ませて、リサと千歳にも手紙を渡した。Blow of Fateは今人気を集めている新たなプロの女子ボクシング興行だ。

 

「ねぇっどうする。うちら3人が指名されてるどけさっ」  

 

 リサと千歳に意見を求めているものの、表情が緩んでいる美月は参加しようと言っているも同然だった。どうやら実績と人気の面において申し分のないという文言をえらく気に入ったようだった。

 

「わたしは別にかまわないよ」

 

「3人で1チームですか。ふふっ面白そうですね」  

 

 リサも千歳も賛成であった。三人は試合に出る順番をどうしようかとか他にどんなチームが出るんだろうとか、大会のことで話が盛り上がっていく。そこへ部長の徳川杏奈が三人の前に立った。右手にはいつの間にか招待状の手紙が握られている。

 

「1994年に同じように3人でチームを組んで闘う格闘技の世界大会が開催された」  

 

 唐突に出来事を語り始めるのは彼女によくあることだった。

 

「歴女の杏奈降臨っ」  

 

 冷やかすように部員の誰かが後ろから言った。

 

「歴女じゃない、歴史に精通してるだけだっ」  

 

 杏奈が後ろに振り向いて、嫌そうな表情で訂正を加える。すぐにまた美月たちに顔を向けると、彼女は話の続きを始めた。

 

「それは格闘技の大会といっても表立って公表されていない裏の世界での格闘技大会だった。その大会に優勝したチームは大会の主催者の船に呼び出されて、主催者の銅像のコレクションに加わってもらうために闘うはめになった。その闘いで敗れた主催者は最後に船の自爆スイッチを押した。優勝チームは間一髪逃げて無事だったみたいだけど、命の危ない目にもあうわ優勝賞金をもらえなかったりと散々な目にあったわけ」  

 

 初めは何の話かさっぱり分からない三人だったが、真剣な表情で話を続けた杏奈の気迫もあって彼女たちの表情もいつの間にか真剣な顔に変わっていた。

 

「その時の大会に招聘する手紙に書かれていた主催者の名前がイニシャルでR」  

 

 杏奈の語りを最後まで聞き終えた三人は一同が揃って、ショックを受けたようにうっと仰け反った。

 

「このドリームトーナメントの主催者のイニシャルもR。単なる偶然だといいけど、歴史の事実は重いよ」  

 

 杏奈はそう言い放つ。

 

「あの大会のことかぁ」  

 

 美月がそう言って右手で頭を掻いた。格闘ゲームが好きな彼女は杏奈の言う大会が何かに気付いたらしい。

 

「これっ参加しちゃまずいやつかなぁ」  

 

 そう言って、困ったように首を捻った。美月の困惑が伝染したかのようにリサと千歳も大会へのトーンが下がったように気落ちした顔をする。  

 

 そこへ姫条椚が杏奈の持っていた手紙を奪うように手に取った。彼女は手紙を読まずに顔へ近づける。それから、クンクンと嗅いでから、

「匂うっ」  

 と言った。彼女の奇行に部員たちの視線が集まる。

 

「りんごの匂い」  

 

 椚がさらに言うと、どこから手にしたのか、ライターを持ち出して火を手紙に近づける。

 

「何するんだっ」  

 

 リサが椚の行為に注意をかけて止めようと前に出るが、美月が左腕でリサの身体を止めた。毅然とした顔でいる美月には椚の行動の真意が分かっているらしい。彼女は、格闘ゲームが好きだが漫画好きでもあった。

 

「なるほどねっあぶり出しってわけか」  

 

 美月がそう言うと、椚が頷いて手紙を彼女に渡した。手紙にはそれまで書かれていなかった文字が加わっていた。  

 

 りんごの汁で紙に書かれていた文字が火であぶられたことで目に見える文字として浮かび上がってきたのだ。他の文字と遜色ないくらいはっきりとした文字で。  

 

 日本で古くから占いなどに使われてきたこの知恵を美月が知っていたのは、彼女が博学だからではなくて、漫画から得た知識であった。  

 

 ああっ素晴らしき漫画から学べる雑学、いや、ゆで理論よ。

 

「これで安心して大会に参加できるね」  

 美月がそう言ってにんまりとした顔で手紙をリサと千歳に見せる。

 

 Rじゃないよん、Lだよん。だから、安心して大会に参加して来てね。

 

 手紙の最後にはそう書かれていたのだった。  

 

 リサと千歳も安心したように顔をほころばす。手紙に書かれている文言の意味はよく分からないがとにかくすごい自信は伝わってきたらしい。だが────

 

「Lという名は、世界で最も優秀な探偵の名前。してその正体はというと……」  

 

 また語り始めた杏奈に美月は 、

「もういいって」

 と言って、頭を小突いたのだった。