NPBMLBの女子ボクサーの五対五団体戦が決まってから三日が経った。

 

NPBでは団体戦に出場するボクサーを決めるための選考会トーナメントを一週間後に開催することを決定した。

 

今年、パシフィックリーグを制した鷹羽南海とセントラルリーグを制した鯉住洋子はその実績から団体戦のメンバーに選ばれ残りの三つの枠を十人のボクサーで争うことになる。

 

先日の授賞式の席でアイリーンと一悶着を起こした一人である汐織姫は、次の日からメンバーに選ばれるために練習を再開し猛練習を課す日々を送っていた。

 

その日もまだ誰もいないジムで一人夕方から織姫は汗を流していた。

 

普段は話すとえんえんと止まらない彼女もジムの中では黙々とひたすらにパンチを打ち続ける。

 

汗がびっしゃりと大量に流れ床に大きな水たまりが出来ようと身体を動かすことを止めない。

 

普段の彼女からは想像もできないストイックな姿である。

 

そして、ジムの扉が開いて自身のところへ近づいて来る者の気配がリングと同じ範囲内にまで近まったところで彼女はようやく身体を止めた。

 

その者は小さな体格の少女であった。大きさの異なる二つのテールを結いだ変わった髪型をしている。ボクシングジムにはまったく似つかわしくない。

 

初めて見る少女を前に織姫は思った。

 

彼女が入門したら、これでうちもむさくるしいこのジムで浮かなくなるかもしれんなぁ。

 

ジムで浮いていると思っているのは織姫だけなのだが。

 

「入門希望なん?」

 

少女は首を横に振る。

 

「あたし、プロボクサーでNPBリーグへの出場を目指しているんです」

 

「なんや、あんたもプロボクサーやったん。ぜんぜん見えんかったから」

 

「よく言われます」

 

彼女ははにかむように笑って頷いた。しかし、その直後表情は真剣なものへと変わった。

 

「一度あたしと手合わせしていただけませんか。織姫さんと闘って目標の場所がどれだけ高いところなのか知っておきたいんです」

 

「それって山の高さを知っておきたいってやつ」


「はい」


彼女は織姫の顔を真摯な目で見つめ続けた。


「ええよ。うちも選考会のためにスパーリングパートナー欲しかったところやったし」


「ありがとうございます」

NPBリーグを目指す女子ボクサー、川奈オリーブ(名前を聞いた時、思わずハーフ?と聞いてしまったけど、生まれも育ちもバリバリの日本人だった。ってめっさキラキラネームやんっ)がスポブラとトランクスに着替え、リングに上がり、二人は対峙する。


織姫の試合開始いくよという声を合図にスパーリングが始まった。


NPBリーグのボクサーの力を知りたくてスパーリングを申し出た女子ボクサー。


しかし、彼女はいつまで経っても向かってこない。

「どしたん? うちの実力を知りたかったんやないの?」

織姫がやや苛立ち気味に言った。


それでも、彼女は両腕を高く構えて織姫をじっと見つめたままだ。


痺れを切らした織姫が自分から仕掛けに出た。

猛牛のように勢いよく突進してからの左フック。


やや沈みがちになった身体とは反する斜め上から打ち下ろされるように描かれるパンチの軌道。


初見でかわすことは至難。そして、一度受けただけで大ダメージは必至。

オリーブはなおも足をキャンバスに付けたまま微動だにしない。

なんや、ぜんぜん反応できてないやん。

パンチを放ちながら織姫はそう思おうとしたのだが、なぜか心が警戒を促す。

目だ。まるで鷹みたいに鋭い眼光でうちを見続けてる。

織姫は背中が強張っていくのを感じた。

グワシャァッ!!

衝突事故でも起きたようなものが潰れる嫌な音がジムの中に響き渡った。

その夜、人気の動画投稿サイトで女子ボクシング業界を震撼させる動画が投稿された。

NPBボクサーVS独立リーグボクサーが対決。衝撃のKO決着!!


そのタイトルで投稿された動画の内容は、そのタイトル通りの衝撃的な内容のものであった。

NPBボクサーである汐織姫が独立リーグのボクサーとスパーリングをして、わずか1分20秒でノックアウトされたのだ。独立リーグの女子ボクサーの名前は川奈オリーブ。四国ILリーグの強豪ボクサーであるが、NPBボクサーである織姫と違い世間的には無名であった。

 

しかし、開始20秒も経たないうちに、ダウンしたのは織姫の方であった。


ダッシュして向かっていったものの、オリーブのパンチで返り討ちにあい、たった一発のパンチで大きく後ろ吹き飛ばされて倒れた。


かろうじて立ち上がったものの、ロープを背負い、サンドバッグのように滅多打ちを浴び、最後は糸の切れたマリオネットの人形のように前のめりになって崩れ落ちていった。


織姫はぴくぴくと小刻みに身体を震わせて失神をしているのは誰が見ても一目瞭然の姿であった。


NPBボクサーが独立リーグのボクサーに完敗する衝撃的な映像。


動画の回覧数は瞬く間に増えていった。


独立リーグとは、NPBリーグの属さない地域で開かれている女子ボクシングの興行である。


プロではあるが、NPBリーグよりもレベルは下と見られていて、アマチュアとNPBリーグの中間のレベルにあるというのがボクシング業界での共通した認識であった。


しかし、NPBリーグのボクサーである織姫がスパーリングで敗けただけでも大事である上に何も出来ずに僅か1RKO負け。


NPBリーグを支持してきたファンたちから見れば裏切られたようなものであった。


NPBリーグの事務局に抗議の電話が殺到するのは避けられなかった。


NPBリーグが日本最高のプロ女子ボクシングリーグというのは嘘だったのか!


NPBリーグのボクサーはぜんぜん弱いじゃないか!


MLBリーグとの団体戦どころではなくなり、この出来事の収集をつかせるためにもNPBは翌日に早くも声明文を発表した。


五日後に控えたMLBリーグとの団体戦に出場するメンバーを決める選抜トーナメントに四国ILリーグのボクサーである川奈オリーブを出場させます。そして、もう一人独立リーグの女子ボクサーも出場し、計12人を三つのブロックに分けてブロックのトーナメントを制した3人を選抜のメンバーとします。

こうして、独立リーグの女子ボクサーをも巻き込んだ日本最大の女子ボクシングトーナメントが開催されることになった。

Aブロック

名古竜姫
浜野星
渡邉橙兎
虎神真弓

Bブロック

日ノ本公映
相楽天音
神宮寺燕
独立リーグ選手

Cブロック

汐織姫
千葉洋子
獅子王ライナ
川奈オリーブ