先鋒にエースである鷹羽南海、次鋒にナンバー2の鯉住洋子を配置したNPBチーム。それが意味するのは、初めの二戦で確実に二勝し、団体戦の主導権を握りMLBチームを追い詰め焦らせることにあった。焦れば残りの三戦のうち一つの試合も勝てるのではないだろうかと。そうした狙いから定石の逆をいくメンバーの決め方をしたNPBチームだったが、思い通りにならない事態が起こる。
最も勝利の可能性が高く絶対に落としてはならない先鋒戦で負けてしまったのだ。そしてもう一つの誤算があった。
それはメンバー中で最も弱い選手を置く傾向が強い次鋒戦にナンバー2の鯉住洋子を配置し二戦目も優位に立とうとしていたというのにMLBチームもナンバー2と目されるスーザン・スペンサーをもってきたことにある。
総合力ではMLBチームがNPBチームを上回るのだからナンバー2同士の対戦となれば有利なのはMLBチームの方となる。次鋒戦で優位に立つ目論見は試合前からすでに破綻してしまっていたのだ。しかし、先鋒戦を落として、次鋒戦まで負けるわけにはいかない。そうなればNPBチームは土俵際まで追い詰められたことになる。
絶対に負けられない思いを胸に秘め、鯉住洋子はリングに上がったのだった。
試合開始のゴングが鳴り、距離を取って左ジャブを起点にしたオーソドックスなボクシングをする鯉住。高いレベルの技術から繰り出されるパンチのコンビネーションはスーザンの身体にパンチがヒットしていく。MLBチームナンバー2の選手に鯉住のボクシングが通用している。そう期待を抱かせる立ち上がりだったが、スーザンもMLB戦士の本領を徐々に発揮していく。グリーンモンスターと呼ばれるクロスアームブロックを盾にしてダッシュする得意の戦法の前に鯉住がいくらパンチをガードさせてもその前進をを止めることが出来ない。自身が下がり距離を取るしかない鯉住。そしてついにスーザンのパンチがヒットする。重く鈍いパンチの前に鯉住はたった一発のパンチで腰がくだける。しかし、困難な状況を持ち前のガッツで何度もくぐり抜けてきた鯉住はクリンチでその場を凌ぐ。
レフェリーによって離され仕切り直しとなった鯉住とスーザン。鯉住の左ジャブがスーザンの顔を捉える。しかし、スーザンの重戦車のような突進を止めることは出来ない。ミドルレンジでは鯉住。インファイトではスーザン。お互いが得意とする土俵でおパンチを当て合う。
ヒットするパンチの数はほぼ互角。しかし、パンチの威力が違いすぎた。
8Rになる頃には鯉住だけが満身創痍の身体になっていた。
もはや左ジャブは試合開始時のような切れが見る影もなく失っていた。
簡単にスーザンの侵入を許すとスーザンの猛打が爆発する。そして、ついにスーザンの必殺の左フック、フィスク・ファウルボールが鯉住の頬を捉える。凄まじい衝撃が鯉住の顔面に爆ぜる。血飛沫が弾け飛び、前に崩れ落ちていく鯉住。
悲鳴が上がる場内。
しかし、沈みゆく鯉住の身体はキャンバスに両腕が触れる寸前で下降が止まった。
鯉住が顔を上げまだ闘志の炎が消えていない目を向ける。上昇する身体。それと共にしなやかに伸び上がる鯉住の右拳。右のアッパーカットがスーザンの顔面へ放たれる。
浜野星との初めての試合で大逆転劇をもたらしたアッパーカット。不屈の逆転ファイター鯉住の本領がここでも発揮された。
凄まじい衝突音が生まれ、場内は歓喜に沸いた。しかし、スーザンの鉄の身体は少しも仰け反らない。ピーカブースタイルのように両拳を顎の前に合わせ被弾を防いでいたのだ。
「そのパンチはチェック済みよ」
冷静に言い放ち、放たれるもう一つのフィニッシュブロー。
右フックのペスキーズ・ボールが鯉住の顔面に決まると、鯉住は糸の切れたマリオネットの人形のようにだらりと崩れ落ちていく。フィスク・ファウルボールをも上回るパンチの衝撃にキャンバスに倒れた鯉住はぴくりともしない。レフェリーが両腕を交差して、試合終了のゴングが鳴らされた。
鯉住洋子●(8R1分34秒TKO)○スーザン・スペンサー
※試合イラスト:山田与志男さん
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