Fighter泰斗!

 

作者:衣谷遊

掲載誌:ビッグコミックスピリッツ増刊号

 

ビッグコミックスピリッツの増刊号に掲載された読み切りなので女子プロレスの漫画が好きな方でもこの漫画を知っている方は多くはないかもしれません。この漫画が掲載された1995年は週刊少年ジャンプが発行部数653万部と世界最高の部数を記録した年で漫画業界が最も賑わっていた年でもありました。スピリッツも今では発行部数が10万部代ですがこの年は100万部を超えていました(ちなみにその前年はなんと147万部です)。実際連載の布陣を見ると、「美味しんぼ」や「happy!」「いいひと」「編集王」など読み応えのある漫画が多く掲載されていて僕が把握しているかぎりでは映像化されたタイトルは12本にも及びます。長期連載された作品のほとんどが映像化されたようなもので、当時のジャンプ以上ともいえる盛況を誇っていました。そういう時代だったので、増刊号に掲載された読み切りとはいえ絵、話ともクオリティは高く感じられます。

 

ストーリーは、カリスマプロレスラーだったグレート泰山が念願の自主団体の旗揚げ戦を目前に控えた中行われた試合の事故で亡くなり、父と同じプロレスラーを目指している娘の泰斗は失意の日々を過ごします。しかし、そんな状況下でも元プロレスラーだった母は予定通りに新団体の旗揚げ興行を行うことを決め、泰斗は反発します。父が亡くなったこんな時期にやるべきじゃないと主張する泰斗に対して母はだからこそ話題を集められて良いんだと跳ね付けます。軽薄な母の思い、しかもあろうことか興行のメインイベントの試合では母が18年ぶりにリングに上がることに。そんな母に腹が立ってしかたがない泰斗は、試合をブチ壊してやると母の対戦相手のゴング神山に路上で喧嘩をふっかけます。しかし、相手はメインを張れるほどのレスラー。あえなく泰斗は返り討ちにあいます。事情を把握したゴングは泰斗に対し、屋台のラーメンを奢って共に飯を食べながら、だったらお前が試合を変えてやればいいんだろうがと助言します。そうか、その手があったか! 興行での乱入を決めた泰斗の運命やいかに……。

 

プロレスラーだった両親の娘に生まれ、高い矜持を持って自身の信念のままに突っ走る泰斗。そして、母や対戦相手のゴング神山など周りの大人たちはプロレスの興行を成功させようという意識を持ちながらも若くて未熟な泰斗を支えます。プロレスとは一人で成り立つものではなく、対戦相手の協力があって成立するもの。いかにして観客を楽しませるか。その一点に向けて興行の前も試合中もリングに上がる二人、そして試合を見守るレスラーたちも考え続けます。もちろん、まだ少女である泰斗にはそういう意識がないのですけどそんな初々しい元気さが他の登場人物が大人たちで占められているだけに魅力的に映り、大人たちの優しさもまたこの作品に脹らみを持たせてくれます。プロレスに対する少女の愛と大人の愛が重なり合う作品、それが「Fighter泰斗!」の魅力なのだと思います。